書感:幼児教育の経済学


ノーベル賞学者であるヘックマン氏が研究発表したこともきっかけに、「幼児教育(特に非認知的スキル)の効用」に注目が集まりました。

この本は、彼の主張のまとめ、および、10名の専門家のコメント(反論それなりにある)からなるものです。

本書の論点

論点を整理すると、

  • 人生の成功には、認知的スキル(※1)だけでなく、非認知的な要素の影響が大きい。
  • 認知的スキル、非認知的スキル(※2)とも、幼少期に発達する。
  • 幼少期のスキル発達は、家庭環境に大きく左右される(健康、学力差、脳の発達も)。
  • 公共政策として、恵まれない家庭に対し、就学前に介入することは(他の時期と比して)効果が高い
  • (追加的に:①スキルがスキルを生むので早めに引き上げた方が効果が高い、②幼児教育によるIQ押上効果は途中で消失したが、非認知的スキルは効果が残った)

 

※1: 認知的スキル:IQや学力テストなどで測れるスキル(いわゆるお勉強ができる)

※2: 非認知的スキル:自信、社会性、我慢強さなどのスキル(お勉強以外の資質的なもの)~ここは資質とスキルが混在する傾向あり

 

ペリー就学前プロジェクトの分析が主な根拠。

このプロジェクトは、「恵まれない家庭」の就学前の子どもに対し、「クラス授業+家庭訪問」の介入を行った結果、40歳時点での経済効果が何もしない場合より大きかったというもの。

【本書の感想】

<妥当と思われる点>

  • アメリカの貧困家庭の現状は悲惨。またそれが世代を越えて蓄積される。著者の幼児教育で介入すべしという主張はよくわかる(心情的にも)。
  • プロジェクトを通じてわかった面白い点がひとつ。
  •  特殊な状況下でのプロジェクトとは言え、「幼児教育による(IQ押上効果は途中で消失したが)非認知的スキルは長期に渡り効果が残った」というエビデンスは価値がある。
    • これは「人生、勉強より大切なことがいっぱいあって、これは幼児期にその土台が得られて、長期に残っていくものだ」ということですね。当たり前のことですが大切。
  • この本の作り自体は、いくつかの反論も載せられていてフェアな作り。
  • 本の帯のあおり表現とノーベル賞の名前に引きずられないよう、批判的に読めれば、学びは多い(本の帯で、一般論化してあおっているのがどうも気に入らないです)

<以下の点は気をつけておきたい>

  • 著者主張は、あくまで「アメリカの貧困層に対する公共政策についての提言」である。
  • 日本では約95%が保育園・幼稚園に行っていて、既にこの提言が実行された後のような状況であると考えるのが妥当ではないか。
  • したがって、この理屈(早期に非認知的スキルを訓練すれば成功する)は、個々の子どもへの適用に直結するものではない(いわゆる個別の「上乗せ効果」について証明され、主張しているものではない)。
  • つまり、これだけをもって個々の「育児」や「教育」にすぐ適用できるものではない!ということ。
  • なので、こんなセールストークが出てきたら、正確ではないので要注意(如何にもありそうなので、心配です…)。

「ノーベル賞学者も提唱。早期教育で非認知的スキルを高めると将来が有利に!非認知スキルを育むなら〇〇式教室へ今すぐ!」

  • ペリー就学前プロジェクトは、意地悪く言えば、「アメリカの劣悪な環境の子どもに、マトモな環境を与えたら、何もしない子どもと比べると生活水準はよくなった(それでも、平均より悪いと考えられる)」というのが私の理解。
    • 実験結果は「そりゃそうだろう」という話。(「平均的な集団にこれをやったらもっとすごくなった」という証明ではない。これの証明は難しい)
    • これを実験したのはすごいことで、さすがアメリカだなという感じ。
    • だが、追跡調査の際に、何もしないグループのサンプルの人たちの状況が、悪いままであるのを放置するとは「えぐいことをするな」と日本人の感覚では思ってしまう。「見てないで、さっさとその子どもたち助け出そうよ」と。そういうことをしたら実験が台無しになるけど、あなたならどっちを取りますか?
    • 「ペリー…」は、60年代のプロジェクト。人道的見地から今後同様のプロジェクトができるのか疑がわしい。
  • ヘックマンの授賞理由は別の研究によるもの。ペリープロジェクト自体は彼が調査したものではない。彼はそのデータを活用しただけ。さすがに嘘はつかないでしょうが、ノーベル賞というだけで全てをうのみにしない態度で臨みたい。

PS:教育論について

科学的な装いをしながら、実際にはそのアプローチの仕方が科学的ではないことが世の中には多いと思います。

本書も読み方を誤ればミスリーディングが起こりうるリスクがあるなと思い、思った以上に長くくどく説明してしまいました。

批判的に読む習慣、本質を見抜き踊らされないスキルや常識を身につけておきたいと思います。

誰もが自分の経験談(自分自身の成長の軌跡や子育て)から語られてしまうのが「教育論」

自分の子どもにならいいが(本当はよくないけど)、人に主張する際にはかなり慎重に丁寧になされなければならないはず、と私なんかは思っています。

彼の主張自体はバランスがとれたもの(反論もそれなりに良い)ですが、ヘックマンを引用しての安易な「教育論」を目にしたら、ちょっとだけ注意をした方がいいと私は思います。






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