書感:苫野一徳さんの本4冊


教育哲学者の苫野一徳さん(熊本大学准教授)の著作4冊を読みました。

①どのような教育が「よい」教育か(2011年)

②教育の力(2014年)

③公教育をイチから考えよう(2016年、リヒテルズ直子さんとの共著)

④問い続ける教師(2017年、多賀一郎さんとの共著)

絞って読むなら①③の2冊(①→③の順番で)をお勧めします。

 

感想まとめ(個別の感想はこの後に続きます)

・以下が4冊を貫く基本となる主張

「公教育とは、各人の<自由>および社会における<自由の相互承認>の、<教養=力能>を通した実質化」

かみ砕くと、「人って自由でありたいよね。そのためには、人の自由も認めないとね。それができるくらいの教養を身につけさせる必要があるというのが、社会の共通目的になりうるのでは」という考え方です(すみません、丁寧に作り上げたロジックに対して雑な解釈をつけちゃいました)

・個人的な推察ですが、ご本人としては、リヒテルズさんが唱えていらっしゃるオランダの公教育に代表されるような社会の仕組みがいいと思っていらっしゃるのだと思います。ただ、風土も違いますし、急激な変化も難しいでしょうから、みんなが合意できる点からスタートしませんか、といった感じで、先ほどの主張を丁寧に手を変え品を変え、色々なところで訴えられています。

・このご主張、①を丁寧に読めばとても納得感のあるものです。が、順を追って読まないと理解が難しく、またしばらくすると「なんだっけ?」となって、直観的にわかりにくい印象を受けました。また、②③④は①の議論が下敷きになっているので、①を読まないまま、他の本を読むと「よい教育の定義はこうだから…。それをベースに話を進めるとこうなるよね」とやや決めつられた感があります。

・論拠のベースが西洋哲学だと、日本人としてどうしてもしっくりこないことも多いのかなとは思いますが、床屋政談、相対主義によるニヒリズム、個と国の対立的議論など不毛なやり取りに一旦の終止符を打つにはこの方法しかないのでしょう(この問題を誠実に考え抜いた方がおっしゃることなので、まずは多くの人が議論のスタート地点として小さな合意をしてよいと思います)

・日本の公教育の場合、こういった考え方を文部科学省が取り入れて下ろしていく方法(演繹的な方法)でしか変われないということを見越した方法なのでしょうか。が、リヒテルズさんがおっしゃる通り、民主的な手続き(帰納的な方法)で地域の学校を作っていく方が直観的に理解しやすく、それこそ「よい」アプローチだと思います。

・ですが、実は、このような方法を取らざるを得ないのが今の日本の行政システムが持つ本当の問題点で、結果としてそこがあぶり出されたように感じました。

・ここまでの感想は少しシニカルに響いたかもしれませんが、私は苫野さんを尊敬いたします。哲学者という立場から言いっぱなしでもいいはずなのですが、なんとか公教育を良いものにしたいと考えて、考えを提示し、現場の人とディスカッションし、投げかけていらっしゃいます。現状から目をそらした理想論にとどまらず、現実的な対応策につながる哲学は、それこそ「よい」哲学だと思うからです。それを、真正面からされようとする姿勢に感銘を受けます。(私なんかが評価するような発言をするのはおこがましいのですが、ひとまずお許しください)

個別の感想(備忘録的に書いていますのでご了承ください)

どのような教育が「よい」教育か

教育の力

上記2冊まとめての感想となります。

・教育の本質とは、「各人の<自由>および社会における<自由の相互承認>の、<教養=力能>を通した実質化」である。(これのロジック構築に、「どのような…」の紙幅の3分の2近くを費やして、とても厳密)

・<一般福祉>のため「平等」と「競争・多様化」のバランスをとる

「平等」=「教育の機会均等」と「<教養=力能>の獲得保障の平等」

その上で、競争や多様化は認められる

・学力格差:経済的な要因とは独立に、「持ち家率」「離婚率」「不登校率」が要因となる(志水宏吉を引用)

 

「学びの個別化」の具体イメージ

  • 自ら学習計画を立て、実行する
  • 個別的な学びに「協同的な学び」を融合させる
  • 教師はそれを支援する

参考情報:イエナプラン~オランダの小学校は、低学年25人以下、高学年25~30人

 

【日本の特徴】

強固な学年学級性

過重な同質性要請

群生秩序(内藤朝雄)

逃げ場のない教室空間

 

ハンナ・アレント

「子どもたちに将来の精神を教え込むことによって世界を変えることができるというアイディアは、古代からずっと政治的なユートピアの顕著な特徴の一つだった」=大人の無責任

 

公教育をイチから考えよう

これはとてもエキサイティングな議論であり、対談です。

リヒテルズ直子さんは、イエナプランの専門家であり、著作・翻訳物も多く持つ方です。

オランダの「一人ひとりにとってよい教育は違う。なので、民主的に親も教師も子どもも話し合って、学校を創っていく」方法に圧倒的に同意します。

子ども及び保護者は、校区から3つ程度の学校の選択肢があるとのこと。

オランダに、成熟した豊かな社会を感じます。

意外なのは、日本に紹介されて一部から絶賛されているイエナプラン導入校はオランダでも3%程度とのこと。

 

苫野さんは、ここでも「よい」教育論を述べています。

伸び伸びと「イエナプラン大好き!」ということもなく、外国の事例だからというアレルギー感を緩和する形で、接点を見出す論理展開をされています(と思います)

4冊ですが立て続けに読んだからこそ味わえる、苫野さんの誠実さを感じました。

問い続ける教師(教育の哲学×教師の哲学)

苫野さんは今度は元カリスマ教師との対話に臨みます。

この多賀一郎さん、熱が伝わる教師です。素敵な言葉がたくさん。

ご自分のクラスでは、聞かないことと考えないこととは、厳しく注意されたとのことです。

「君は心を向けて聞いていましたか?」

サーカスのライオンになるな。先生の言うことを考えずに聞くのは、調教されているのと同じことだ。君たちは人間として、自分の考えで行動しなさい

(→生徒の時に、こんなこと言われたら、これだけでも一生の宝物の言葉ですね。泣きそう)

 

いじめには徹底して本音で、理屈抜きで厳しく対応されたそうです。

 

苫野さんはここでも愚直です。ただ、とても安心して論を展開したり、対談に臨まれているように見受けられて、ほっこりする本でした。

そして、現役教師の方々にも親近感をもって読める内容ではないかと感じました。

 

以上が感想です。

PS:「ソダチバ」作りプロジェクトの出発点として

私は、将来、オルタナティブの小学校を創りたいと考えています。

その際の出発点となる考え方をいただいた気がしています。

「気がしている」という曖昧な表現になってしまったのは、自分としては理解はできてつもりだけど、まだハラの奥の方まで落ちてきている感覚を持てないからです。

色々と考えたり、人と話したりする過程で、熟成されてきたらいいな、と思っています。

 

 

<堺谷武志の略歴>

大阪出身、京都大学工学部、南カリフォルニア大学MBA、三菱UFJ銀行を経て、キッズアイランド設立。保育士。一女の父。

現在「都会の子どもに『ソダチバ』を!」プロジェクト推進中
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