思うこと:子どもに残せることって?(親からの財産)
小学6年生の秋、本当にあれよあれよの出来事でした。
塾の友だちが受験をするというので「ボクも受験したい」と言いました。
親は
「私学は金持ちの行くところなので、うちはムリ」
だけど、
「合格しないとこやったら、受験してもいい」と言いました。
そこで受験したところ、まぐれで受かってしまったのです。
この辺りの経緯は前回ブログをご参考ください(自分が受け入れられていると感じる場の大切さ)。
あわてる我が家
絶対に合格しないと思っていたので、みんなひっくり返ったように喜びました。
ひとしきり喜んだあと、慌て出しました。
「合格したのに、行かへんかったら誰も信じてくれへん」と、私がかなりしょんぼりしたようです。
行かないこと自体はそういう約束だったので納得しているのですが、友だちに信じてもらえないことがイヤだなんて、なんてかわいらしい子でしょう(笑)
私があまりしょんぼりするので、それで過保護の母はかわいそうで見てられなくなりました。
それを見たこれまた過保護の父もそんな母と私を見てられなくなって…(笑)
そこでなんだかんだの後、全員で正座して家族会議。
父が次のように切り出しました。
お父さんとお母さんはな、金持ちやないからオマエにお金や土地みたいな財産は残してやられへん。
せやけどな、頭の中に学問という財産やったら残してやれるかもしれん。
家族みんなで我慢したら私学に行ける。
その代わり、ゼイタクはでけへんで。
行くかどうか、よう考えて自分で決めなさい」
合格ったからには自分を試してみたいという気持ちと、地元中学の校内暴力(国内随一のひどさ)から逃れられるという期待がありました。
でも、貧乏はいやだなあ~(笑)
この究極クエスチョン「貧乏 vs 勉強」に対して、私の出した結論は…
「行かせてください」
これをよく12歳の子どもに「自分で決めさせてくれたなぁ」と思います。
ベースはのんびりして抜けているのだけど、振り返るとなんかすごいイイことをしてくれている両親です。
そして、あとでその言葉の重さがわかりました。
銀行との話
ここから先は後日談(実は昨年末に初めて聞きました)
そのあとがまた大わらわだったそうです。
入会手続きとして入学金を払わないといけなかったのですが、想定外のことで、当然のことながらお金は用意していなかった。
そして、土曜日で(当時の)銀行は午前中で閉まっていた。
母は、いつも集金に来てくれているお兄ちゃんに電話して、頼み込んだそうです。
お金をおろしたい。何とかしてほしい。大切なお金なんです。
無理やと言うんやったら、月曜日朝一番で預金を全部下ろします。
少ないお金しかないけど、おたくには何の影響もないでしょうけど、全部解約します。
こういう時の母の大胆さとか粘り腰は、すごいものがありますw
昔の地方銀行は融通が利いたのでしょうか。
そのお兄ちゃんも支店長も頑張ってくれたのでしょうね。
バイクでお金を家まで届けてくれて、入学金をなんとか納めたんだとか。ふぅ~
母は、のちにその銀行に経営難があった時もずっと使い続けたそうです。浪花節やね~
根は、怠け者なんだよなぁ~
私は本当は怠け者なんです。
屁理屈をこねて、やることやりません(笑)。だらしないし。
好きな童話は「3年寝太郎」(寝てたらいいという教訓が最高!)
お笑いと寝るのが大好き。
勉強は嫌いじゃないけど、面倒くさい。たまたま、田舎の小学生にしてみたら、ちょっと他の子よりできただけ。
中学はまだ良かったのですが、高校生になるにつれ勉強が苦痛になってきました。
遊びたい、さぼりたい。
でも、退屈な授業でも、息苦しい校則でも、この中学・高校に通い続ける必要がありました。
わからない問題は、解答を丸暗記。楽しいとか、興味とか関係ありません。とにかく点数、点数。
一番やってはいけない勉強方法です。
ですが、
私には「絶対」に「ええ大学」に「現役」で行かないといけない理由があったのです。
もう自分だけでなくて、家族全体の話なので。両親だけじゃなく、歳の離れた妹にもシワ寄せが…
(ちなみに、1つ付け加えますと、私は学校で金持ちには見えなかったでしょうが、貧乏にも見えなかったと思います。両親はその点、恥ずかしくないようにと色々と気を配ってくれたのです)
とにかく遊びたい盛りです。
勉強から逃げ出したい、自由になりたい!
でも、親には「自分で選んだ道やろ」と言われました。その通り!
決断とは重みを伴うものなのですね。自由(選択する権利)と責任はセットですね。
反動がすごいことになっちゃいました
今となっては、金持ちに生まれなくてよかったと思っていますよ。でないと、あんなに頑張れなかったから。
(たとえ、同級生から見たら頑張っているように見えなかったとしても、です(笑)→これ、よく言われて苦笑いなので一応言っておきます)
ただ、根が怠け者の私にとって、勉強への興味、理解度、努力の限界に近かったと思います。
実際に、反動で大学では遊びすぎました。拳法、バンド、イベントサークル、バイト…
やっと手に入れた自由ですから、ホントに勉強しませんでした。
あげくのはて留年して親に大迷惑をかけました。最悪~というか、本領発揮というか(笑)。
いずれにせよ、こんな勉強の取り組み方(受験でバーンアウトして、大学で勉強せず)は、今の時代だと全然ダメですね。
知恵で生きる世界
ともあれ、そのあと、銀行就職、社内派遣のMBA、海外赴任や国際ビジネス…
振り返ると、それなりに知恵で勝負するビジネスの世界に身を置いてきました。
うーん、本当のところ、一番使ったのは「ハッタリ」かもしれませんね(ニヤリ)。
ただ、あの時私学に行かせてもらってなかったら、今とは全く違う道を歩んでいたと思うのです。
それにしても、笑ってしまいます。ザリガニと野球が好きなただの田舎のガキんちょでしたから…
私にはいい加減なところがたくさんあるのですが、それでも道を外さずそれなりにやってこれた原点は、あの時の親の言葉だと思います。
家族が頭に残してくれた財産って何?
では、家族が頭に残してくれた財産って何なのでしょうか?
私はこう思います。
18歳までの時点で、自分なりにある程度のところまで頑張れたことが1つの財産。
後に大変なことがあっても、まあこれくらいなら何とかなる、みたいな基準ができました。
そして、私の中にできた「学びに対する姿勢」がより大きな財産だと思います。
教師や学校が苦手だったり、大学時代遊びまくったりしましたが、やっぱり学びの大切さは心底感じています。
「学び」は人間ならではの特権であり、根深い欲求であり、尊い行為だとさえ考えるようになりました。
学ぶって生きること、だから「一生勉強」しないといけないなと。
そして、教育での起業。何か、どこかでつながっているのでしょうか?
ひと様のお子さんに「財産」などとおこがましいことは絶対に言いませんが、
頭と心に、ちょっとした“お宝”が残ってくれたらいいなぁ、と思います。
それは、「知ること、考えること、やってみること」って面白~い!って感覚!
そんな環境作り、これからも仲間と共に頑張っていきたい、そう思っています。
PS: 言葉という財産
振り返ると、親から聞かされた色んな言葉があります。時にうんざりするほど…
「遅いのは牛でもできる」とか
「武士は食わねど高楊枝」とか
「連帯保証人にはなるな」とか…
ほかにもうんざりするくらい。
ホント頭に残っているんですよね~、そういう言葉。
要所要所で歯止めになったり、勇気づけられたり…
その割には、自分の会社の連帯保証人にバンバンなっちゃってますけど(笑)
そう考えると、
言葉って子どもに残せる大きな財産かもしれません。
タダだし、いくら使っても減らないのがいいところ(笑)。
「お父さんとお母さんはな、金持ちやないから…」
振り返れば、今でもあの言葉と情景が浮かびます。そっか、この言葉も私の大切な財産なんだ。
この間、実家で当時の話になって、父が言いました。
「みんなでよう頑張ったな。あの6年間は長かったな。お母さんもお父さんも我慢したで。〇〇(妹)もな。」
「せやけど、タケシもよう我慢したな。ホンマは一番大変やったんはタケシやと思うで」
やって… 勘弁してくれ~、それ以上なにも言わんといてくれ~
心の中で
「もうこれ以上財産増えたら、こっちは相続で苦労するわ~」(泣&笑)って感じでした。
今の世の中、お金の話が多いけど、人生には、金持ちだったらわからないこと、味わえないこともあるんです。なんて思います。
僕は「ラッキーな人間」だと思います。
だから、もうちょっとだけ頑張らんと。そして世の中にこのラッキーと財産をお返ししなきゃ。
くじけそうなとき、そう思って頑張ります。
今回は、両親の自慢話になってしまいました、ちなみに健在でございます。
<堺谷武志の略歴>
大阪出身、京都大学工学部、南カリフォルニア大学MBA、三菱UFJ銀行を経て、キッズアイランド設立。保育士。一女の父。週末登山家。
現在「都会の子どもに『ソダチバ』を!」プロジェクト推進中
(プロフィール詳細はこちら)
著者・堺谷武志が運営するプリスクールは「キッズアイランド」はこちら
著者・堺谷武志の個人Facebookページはこちら
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